どれだけあれば「ビッグデータ」と呼べるのか
最近、台湾で決済戦争が再び勃発した。ある決済業者は5億台湾元を投じて補助金合戦を仕掛けようとしており、他の決済業者も一歩も引かず反撃の構えを見せている。損を承知でビジネスをしたがる業者はそう多くないはずなのに、なぜ決済業者たちはこれほどまでに死力を尽くして戦おうとするのか。彼らの言い分を聞くと、たいてい同じ論法が返ってくる。決済とは頻度が高く、避けようのない行動であり、そこから大量のユーザーデータが得られる。ユーザーデータは将来ますます重要になるのだから、今ここで乗り遅れるわけにはいかない、というわけだ。要するに彼らは、大量のユーザーデータを手にすれば利用者の状態を深く理解でき、将来的なチャンスをつかみやすくなると考えている。
ここで一つ面白い疑問が浮かぶ。ユーザーデータは、どれだけあれば「多い」と言えるのか。そしてそれだけの量のビッグデータを手に入れたところで、いったい何ができるのだろうか。
最近、台湾積体電路製造(TSMC)の魏哲家(C.C.ウェイ)社長が語った小話が、この問いを見事に言い当てている。魏氏によれば、自動車用半導体の供給不足が起きて以降、これまで一度も連絡してこなかった自動車メーカーの幹部たちが、まるで長年の親友であるかのように次々と電話をかけてくるようになったという。「発注枚数はどれくらいですか」と尋ねると、相手は「25枚」と答えた。魏氏は唖然とし、「TSMCがウエハーの受注生産に入るには、最低でも2万5000枚は必要なんです」と指摘したという。だから支援が受けられないのも当然だ、と。1台の車に使われる半導体の数はそれなりに多いとはいえ、現在の車1台あたり搭載されているのはせいぜい120個前後で、旧型車ならさらに少ない。自動車メーカーの幹部たちがいくら地団駄を踏んでも、どうにもならなかった。
「何をしたいか」が、必要なデータ量を決める
これはまさに「業界が違えば常識も違う」を体現する典型例だ。自動車メーカーにとって、10万個、100万個単位の半導体調達はすでに大きな数字であり、サプライヤーが競って入札に来るほどの規模感である。しかしTSMCにとって、その数字は生産ラインを回す最低ラインにすら届かない。つまり数字が「大きい」か「小さい」かは、完全に何をしたいかによって決まる。ビッグデータの「ビッグ」も、スモールデータの「スモール」も、すべては目的次第なのだ。
もう一つ、より個人的な体験を挙げよう。クライアントから「すでに数百万から一千万台湾元台のデジタル広告費を投じたので、このデータを使って何かすごいことをして、グーグルやフェイスブックを打ち負かしたい」と相談されることがよくある。しかし説明が難しいのは、その一千万台湾元台という広告費は、クライアント本人にとっては夜も眠れなくなるほどの大金だという点だ。だがグーグル1社の年間広告収入は世界全体で6兆台湾元を超え、台湾のデジタル広告市場だけでも年間540億台湾元を超える。あなたの1000万元は、台湾市場全体のおよそ5400分の1に過ぎない。参考までに、マルファン症候群のような希少疾患が「希少」と呼ばれる所以は、発症確率がおよそ5000分の1だからだ。この規模の予算で「何かすごいこと」をやろうとするのは、残念ながらかなり無理がある。
グーグルやフェイスブックのような巨大企業が保有するデータ量について、多くの人はその実態を甘く見積もっている。実際、自分の日常的な利用行動を棚卸ししてみれば、彼らがどれだけのデータを握っているか実感できるはずだ。グーグルマップを開くことはあるか。インスタグラムやフェイスブックをたまにでも使うか。スマートフォンはアンドロイドか。巨大プラットフォームとデータ量で張り合おうとするのは、カジノで胴元相手に確率勝負を挑むようなもので、労多くして功少ない試みだ。
「役に立つこと」に、天文学的なデータ量は要らない
とはいえ、クライアントにそのまま伝えては話が終わってしまう。何か手立てはないのか。幸いなことに、多くの企業にとって、そこまでのデータ量がなくてもデジタルトランスフォーメーションを進めることは十分可能だ。なぜなら、手元にはすでに目的に特化した「スモールデータ」が意外なほどたくさんあるからだ。例えば米国郵政公社(USPS)は、利用者に関するデータはほとんど持っていないが、非常に得意とするデータが一つある。筆跡データだ。USPSの筆跡認識システムは、郵便物のラベルの98%を自動で識別でき、残る2%だけを人間の専門家が処理している。このシステムがうまく機能しているのは、何もかもを網羅しようとせず、「郵便業務の効率を高めるために必要なのは筆跡認識だ」という点を的確に見極めたからだ。そしてこの種の筆跡データは、USPSにはほぼすべての郵便物に付随する形で、まさに無尽蔵に存在している。手を伸ばせばすぐそこにあるビッグデータと言ってよい。もしUSPSが差出人の属性を精密に分析したいと考えたなら、手元のデータはごくわずかで、うまくいく見込みも薄いだろう。そもそもそれはUSPSの本業の課題でもない。結局のところ、「自分たちが今持っているデータ」から出発して、どんなビッグデータシステムが本当に必要なのかを判断すべきなのだ。
もう一つの例は、米国で警察向けの自動ナンバープレート認識システムを手がけるデータ企業、ビジラント・ソリューションズ(Vigilant Solutions)だ。この事業を成立させるのに、どれだけのデータが必要なのだろうか。同社の主張によれば、少なくとも50億件のナンバープレート記録(これは車両台数ではなく記録件数なので誤記ではない)と、米国の複数の法執行機関から提供される15億件のデータポイントを保有しているという。これほど大量のデータでも、目的はナンバープレートの自動認識ただ一つに絞られている。この2つの事例が示すのは、天文学的な量のデータがなくても十分役に立つことができるという事実だ。ナンバープレートや筆跡といった限定的なデータだけでも、これらのシステムは高いパフォーマンスを発揮している。アルゴリズムの活用がまだ広く普及していない現在、業務効率の大部分を改善するのに超大規模データは必要ないのだ。
話を元に戻そう。決済産業にとって、どれだけのデータがあれば「十分」なのか。私の考えでは、それは事業を率いる者が何を目指しているかによる。会員サービスの改善といった小さな目標であれば、今あるデータで十分だろう。しかし長期的に独占的なプラットフォームを築こうとし、広告も自社に、データ活用も自社に、すべてを自社の中に取り込みたいと考えるなら、その規模のデータ量ではとても足りないと思う。台湾のLINEのような巨大企業でさえ、そのレベルのデータ量ではかろうじて足りる程度であり、OS(基本ソフト)そのものを支配するグローバル巨大企業と比べれば、まだ心もとない。データ収集は実店舗の出店とは違い、世界的なプラットフォーム企業はいつでもスマートフォンの基盤インフラそのものに入り込んでくることができるからだ。そしてデータ活用をすべて自社内に囲い込もうとする限り、長期的にはどれだけ補助金を積んでも足りなくなる。決済業者にとってより良い道は、むしろよりオープンなデータエコシステムを支持することかもしれない。もっとも、それはおそらく現在の補助金合戦が一段落してから、ようやく議論できる話なのだろう。