マスクはいかにして最難関の2大産業を覆したのか
最近、テック業界で大きなニュースがあった。テスラとスペースXを率いるイーロン・マスクは、世界第2位のSNS企業ツイッター(Twitter)を買収すると発表した——それもツイッター上で発表するという念の入れようだった。ところがその後、市況の悪化を理由に買収契約を撤回しようとし、当然のようにツイッターから提訴された。その後の法廷劇は、かつてのジョニー・デップと元妻の「世紀の裁判」にも引けを取らないものになりそうだ。
マスクの戦略論や自己啓発的な逸話は、すでに世の中にあふれている。何しろ彼は電気自動車とロケットという2つの産業を変えてしまった人物だ。さらに生まれながらのスター性も備えており、趣味で作った火炎放射器でさえ1000万ドル分売れてしまうほどだから、語り尽くせないほど話題に事欠かない。そこで本稿では、あまり語られないテーマに焦点を当てたい。マスクのすごさとは、大風呂敷を広げておきながら(もちろん結局ツイッター買収は実現しなかったが)、最終的には世界を変えるプロダクトをおおむね実現してしまう点にある。彼はいったいどうやってそれをやってのけているのか。
マスクが選んだのは、たまたま製造がもっとも難しい2つの産業だった。だからこそ、どちらの業界も長年大きな変革を成し遂げられずにいた。自動車生産には構造的な問題がある。部品点数があまりに多く、1つの部品にわずかで目に見えない誤差があっても、それらが組み上がる過程で積み重なり、大きな不具合につながりかねない。不良車両にありがちな謎の異音は、まさにここから生まれる。ロケット生産も同様で、たった1つの部品の故障が機体全体の爆発につながる。命が1つしかない状態でスーパーマリオを全クリアするようなもので、不可能ではないが、極めて困難だ。
良い車を作るのは難しくない。誰もが買える値段にするのが難しい
だからこそ世界の自動車メーカーは統合の方向へ進んできた。高品質・高効率・相対的な安さは互いに相反する価値であり、それらを同時に実現するには膨大なリソースが要る。良い車を作ること自体は難しくないが、誰もが手の届く値段にするのは非常に難しい。それを成し遂げてきたのが業界の模範とされるフォードやトヨタで、大量生産・コスト管理・高品質を同時に成立させてきた——3つのボールを同時に投げて、どれも地面に落とさないようにするようなものだ。ヘンリー・フォード以来、自動車業界にとって生産をきちんと成立させること自体が、ずっと苦難の連続だった。
話を戻そう。マスクのロケットとEVに対する考え方は驚くほど似ている。当初マスクは、自分の設計力は業界の先を行っていると考え、規格品を買ってきて組み立てれば出荷できると思っていた。しかしすぐに、それがまったく非現実的だと気づく。まずコストがまったく見合わない。競合の大手はすでに何年も生産を続けており、彼らの部品を使って後追いする戦略では必ず負ける。車は誰も買えないほど高くなり、ロケットも顧客がつかないほど高くなる。ゼロから作り直すしか、成功の道はなかった。
そこで彼は最終的に、基本的にアップル方式を採用した。車体も自社製造、ロケットエンジンも自社製造、運転システムも自社製造——コア機能の大半を自前でまかなう体制にしたのだ。
このやり方は非常にリスキーだった。彼の会社は2度、倒産寸前まで追い込まれている。1度目は2008年、2度目は2013年だ。マスクの複数の事業はしばしば同時に危機に陥る傾向があり、試験打ち上げのロケットが何でもないところで爆発し、虎の子の資金を吹き飛ばすようなこともあった。それでもそのたびに、奇跡のような出来事が起きた。最後の試験打ち上げがぎりぎり成功して契約が取れたり、EVの予約が突如として爆発的に伸びたりして、なんとか資金繰りの危機を乗り越え続けたのだ。
すべてを自前でやり直す——100年続く業界標準を覆す
結果としてこの「全部自前でやり直す」戦略は成功した。うまくいかない可能性のある工程はことごとくつまずいたが、もしサプライヤー側の改善に頼っていたら、その速度はどうしても遅くなる。マスクの当時の資金繰りを考えれば、それではとっくに倒産していただろう。経験不足から、初期のテスラは仕様設定に問題を抱え、生産の実現可能性への配慮も足りなかった。そこでマスクはソフトウェア業界の高速反復のロジックを持ち込み、問題があればすぐ直すというやり方を採った。生産現場で失敗と改善を繰り返すうちに、ついに納車が始まった。反復のスピードが速かったおかげで、テスラのスペックは業界の先を行くようになった。批判する側はこれを「ハンガーマーケティング(意図的な品薄商法)」だと見るが、テスラのオーナーにとっては、こうしたクールな機能のない車を買うくらいなら待つ方がましだった。今やテスラは世界シェア第1位のEVメーカーだ。
マスクが我々に示す教訓はこうだ。100年以上続いてきた業界標準を覆すことは、実は可能である。どれほど難しくても、ロケット産業や自動車産業を変えるより難しいということはそうそうない。ただし、それに見合った開発戦略を採る必要がある。
プロダクトを作る戦略は基本的に2種類しかない。スマートフォンを見ればよく分かる。1つはアップル方式——OSからチップまで、すべてを自前で手がける。もう1つはアンドロイド方式——自分が扱うのはOSという最も重要な部分だけにとどめ、残りは規格に沿った部品を他社に作らせて組み立てる。
マスクの場合、彼より前にアンドロイド方式を選んだロケット企業やEV企業はすべて失敗していた。だから彼は、ほとんど無謀とも言える形で垂直統合方式を取らざるを得ず、それがぎりぎりのところで成功した。もう1つの鍵は、成功のためには製品の高速反復が欠かせないという点だ。マスクの構想は常に競合の2〜3年先を行き、その反復こそが顧客に予約への期待感を抱かせ、幾度もの危機を乗り越える原動力になった。もっとも、今のところ彼がソーシャルメディア業界にまでこの反復のロジックを持ち込む気配はなさそうだ。フェイスブックとグーグルは、さぞかし胸をなでおろしていることだろう。